無我ワールドが来年2008年から団体名変更、12.13後楽園が最終興行に

http://www.muga-world.jp/news/index.html#20071212
12月13日 後楽園ホール~《無我》最後の興行~藤波辰爾コメント

12月13日に行われる後楽園大会~DRAGON CUPクルーグリット杯決勝戦は《無我ワールド・プロレスリング》として行われる最後の興行となることが正式に決定した。

藤波:「『無我(1995年旗揚げ~藤波辰爾自主興行)』から数えると約10年もの間、『無我』の看板を背負ってやってきましたが、12月13日の後楽園大会が『無我』最後の興行となります。様々な思い入れもありましたが、この1年間やってきて、今の『無我』自体が昔のコンセプトと違ってきているということもありますし、逆に『無我』という名前があることで、リングの上で無言の制約ができてしまうということもあり、来年から新しい名前で再出発することにしました。
去る者があり、入って来る者があり、そして今ここにいるメンバーで、さらに進化した形を作り上げ、プロレスを続けて行きます。
今までご声援いただきありがとうございました。そして今後ともよろしくお願い致します」
選手会副会長の吉江選手が団体名変更に非常に前向きな姿勢を示す中、
「今まで応援してくれた人もいるし…」といつもの慎重な姿勢を崩さなかった藤波社長。
最終的には変更するということで折り合いがついたようです。

また、今日発売の週プロ誌面では
「試合数を増やすためにも、来年は思い切ってどこかの団体と提携する必要があるかもしれない」
といった発言も。

先週の東スポモバイルの藤波さんコラムだったでしょうか、
藤波辰爾自主興行の無我(旧無我)についていくつか興味深い話が。以下、覚えてるところ要約。
・旧無我がランカシャースタイル中心になったのは、初めからそこを狙っていたわけではない
・当時、新日本本体と重なることは、背信になるのでできなかった。
・そこで必然的に新日本の若手、ヨーロッパを中心とした外人勢、他団体の若手などを起用した。
・結果としてヨーロッパ系外人レスラーのランカシャースタイルが定着した。
・だから無我=ランカシャーとか、無我=グラウンド主体でなければいけない、ということはない。

まぁ、なんですか、応援してる団体が相次いで団体名変更なわけですわw